会史

”光は東方より”この輝かしい夜明けを思わせる言葉から「東光会」と熊岡美彦によって命名されました。当時の沈滞する画壇に活気を呈するようになればという強いおもいがあり、昭和7年に熊岡美彦・斎藤与里・高間惣七・岡見富雄・堀田清治及び橋本八百二の6名により洋画の任意団体として設立されました。真の絵画の創造を念願し、自己完成に努力すると同時に一般美術界の向上発展に尽力するという目的からでした。熊岡美彦と斎藤与里の画風は写実と詩情との相違がありましたが、お互いの個性を生かして進み、会員同志の和を重んじ、若い人達の育成に努めました。

昭和8年2月、東京府美術館において第1回東光展を開催以来(戦争のためやむなく中止した昭和20年・21年を除いて毎年春)、平成16年4月の第70回東光展開催に至るまで、美術の向上発展のために様々な影響の中を歩んできたわけですが、一貫して創立の精神をうけ継いできました。その間、今は故人になった指導者の方々が、それぞれの個性で東光会という一大殿堂を遺してくれました。

昭和52年4月、東光会会則が制定され、初代理事長に森田茂が就任し、東光会事務所が東京都豊島区西池袋に開設されました。以後講習会・研究会等を開催し、東光会研究所として実効を上げてきました。

昭和54年には長年の希望であった法人化が実現し、社団法人東光会として歩み始めました。会員同志が切磋琢磨する場としての選抜会員展や国際交流の一貫としての海外展(アメリカ・フランス・ドイツ・中国等)を開催するなど時代に即応した新しい歩みを続け、現在の活気を呈しております。地方にも目を向けて、毎年約7都市での巡回展を開催、また現在全国に15の支部があり屡覧会・講習会・研究会等を実施し、地方の新人の育成にも力を入れてきており各地から優れた新人が生まれております。

かくして、東光会は財政的基盤も確立し、展覧会・研究会の開催、機関誌・図書の発行、油彩画、水彩画及び版画の奨励指導及び東光会研究所の維持運営を事業とする名実共に有力堅実な団体となっております。

ここに、社団法人東光会の定款に基づいた民主的な運営のもとに、公正にして堅実な公の団体として、研究制作をより盛んにし、その進歩をはかると共に、個性豊かな熟成度の高い制作発表の場とする東光展を開催して、ひろく一般の鑑賞に資すると共に、我が国の文化の発展に寄与することを願いながら現在に至っています。